微量人工化学物質の生物モニタリング 水産学シリーズ140

竹内一郎 編著, 田辺信介 編著, 日野明徳 編

3,960円(税込)

株式会社恒星社厚生閣

環境化学物質の汚染実態とモニタリング手法 / 今日、人工化学物質の生産・利用・流通量が増え、その環境へのリスクが心配される。しかし、現状はなかなか未解明の課題が多く、今後の調査・研究の進展に期待がかけられている。本書は近年実施された研究プロジェクトの成果を基礎に環境化学物質の汚染実態、分析技術の現状と課題などについてまとめられた注目の書



はじめに
 日本,韓国などの東シナ海周辺部に位置する東アジア地域は,ドイツ,オランダ,ベルギーなどの北海沿岸のヨーロッパ諸国と同様に,面積当たりの GDPが世界的に高い地域である.このような地域に居住する我々は生活のあらゆる面で経済の高密度化の恩恵を享受できるようになった.その一方で,人工化学物質の生産・利用・流通量が多いなどその環境リスクも世界的にみても高くなっているであろうと考えられ,人工化学物質の使用がもたらすトレードオフを考える必要があろう.日本における漁業・養殖業の生産量は1980 年代に 1,200万 t 台を記録して以来急激に減少し続けており,2000 年にはピーク時の 1/2 近くとなった.1996 年に出版されたシーア・コルボーンらの「奪われし未来(Our Stolen Future)」を契機として,人工化学物質の一部は生物の体内であたかもホルモンのようにふるまい,生物の内分泌系を攪乱することが多くの研究者によって指摘されるようになった.このような内分泌攪乱作用は一般に慢性毒性が発現するレベルよりもさらに低い濃度で発現することが示唆されている.日本でも,その後,直ちに,様々な研究機関により内分泌化学物質が水生生物に及ぼす影響に関する研究が開始され,水産学シリーズでも,2000 年に『水産環境における内分泌攪乱物質(川合真一郎・小山次朗編)』が発刊された.このようなことから,漁業生産量の減少に及ぼす要因には様々なことが考えられてきたが,今後は,それらに加え,微量の人工化学物質の影響も考慮する必要があろう.しかし,日本沿岸の海洋生態系における環境化学物質の濃度はどのようなレベルなのか? 微量の人工化学物質濃度でどのような生物にどのような内分泌攪乱作用,あるいは,その他の毒性影響が発現するのか? 影響があると思われる人工化学物質は,生態系の中で,どの程度生物濃縮されるのか? などの多くの未解明の課題が残されているのが現状である.
 このような状況をふまえ,平成 15 年度日本水産学会春季大会にて,水産環境保全委員会シンポジウム「生物による微量人工化学物質のモニタリング」を開催した.本シンポジウムでは,近年,実施された様々な研究プロジェクトの成果を基に,地球レベルでの環境化学物質の汚染実態,分析技術の現状と課題,日本で実施されてきた生物を用いた人工化学物質のモニタリング方法などに関する研究成果が報告された.総合討論では,人工化学物質の生物モニタリングに関する将来の研究動向や研究を実施する上での課題などにについても活発な議論が展開された.
 本書は,本シンポジウムで発表された内容を基に,その後,発表された最新の研究成果も含め,これまでの生物を使用した人工化学物質モニタリングの成果を総括するとともに今後の課題に関する総合討論をとりまとめたものである.水産学の今後の環境研究の発展に貢献することができれば幸いである.