水産動物の性と行動生態 水産学シリーズ136

中園明信 編

3,960円(税込)

株式会社恒星社厚生閣

異性選択・性転換など興味深い行動生態研究 / 日々生き残りをかけ自己の子孫をより多く残すためにとる驚くべき水産動物の行動生態-性転換・異性選択など―を桑村哲生・山平寿智氏らが紹介。



はじめに
 究極要因を追求する行動生態学が盛んになってまだ日が浅いせいもあるが,これまでの水産学では,種あるいは個体群を単位として研究成果を語ることが多かった.水産学の現場では,卵の成熟にはどのような刺激が必要かといった至近要因の解明の方がより必要とされてきたことも一因であろう.ところが,人口増加や開発に伴う環境悪化,乱獲による資源減少などにより,水産動物と人間との関係はより接近したものとなり,人間が水産動物の“都合”に合わせることが求められるようになった.

 水産動物の“都合”を理解することは,とりもなおさず究極要因の解明に他ならない.各個体は,いかに生き残り,いかに自己の子孫を多く残すか争っている.同性,異性とのかけひきの世界に生きている個体にとっては,いかに異性を選択するかも生死に関わる重要問題である.さらに最近,性転換,配偶子の多型,環境性決定など水産動物に関する興味深い現象が次々と明らかにされつつある.これらがどのような適応的意味で進化してきたか理解することは,水産動物のより深い理解につながるとともに,その持続可能な利用のためには必要不可欠であろう.人間の活動範囲の拡大に伴って変貌する水圏環境に対し,水産動物はどう適応し,我々はそれにどう対処すべきかも重要な課題である.また,自然の個体群に遺伝的な影響を与える可能性のある種苗放流に当たって,どのような配慮が必要か明らかにすることも緊急の課題と思われる.

 このような状況のもと,水産動物の行動生態をより深く考えるために,宗原弘幸,原田泰志両氏と相談してシンポジウム「水産生物の性発現と行動生態」を企画した.シンポジウムは 2002 年 4 月 5 日近畿大学農学部で開催され,活発な論議が展開された.本書はその結果をとりまとめたものである.本書が水産学分野における行動生態学の発展に少しでも寄与できることを願っている.
 編者としては中園の名前だけが残ってしまったが,宗原・原田両氏にはシンポジウムの企画段階から本書の編集に至るまで随分お世話になった.また,シンポジウム当日興味深い話題を提供していただき,さらに忙しい中,本書の原稿としてとりまとめるために多大な労をとっていただいた著者の方々に深くお礼申し上げたい.加えて,当日多数ご来場いただき,活発な論議に参加していただいた方々にも感謝の意を表したい.