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乳がんの死亡率は、欧米諸国においては1990年頃より増加から減少に転じて現在もその傾向にある。一方、わが国の乳がん死亡率は1975年から2016年までの41年間一貫して上昇している。これは憂うべき事実であり、死亡率の低減は関連学会と行政に課せられた喫緊の課題である。学会、行政の果たすべき役割は死亡率の低減を妨げている原因の排除にある。その原因とは、手術時にはすでに存在する全身微小転移に対する不十分な治療と、早期(小腫瘤径)浸潤がんの発見率の低さである。この克服こそが死亡率低減のための戦略であり、すでに死亡率低減を果たした諸国が実践してきたことである。前者に関しては、1990年代後半からわが国の乳がん診療現場において浸透してきたevidence based medicineの哲学とそれに基づくガイドラインやコンセンサスによって欧米諸国と薬剤の種類、用法、用量の点においても遜色のないレベルに押し上げられ、わが国独自の保険制度のもとで最低診療ラインの設定と均霑化(きんてんか)が進んだ。診断後の死亡率にはさまざまな交絡因子が存在するが、術後補助療法の予後規定パワーは絶大で、特に今後死亡率が下がってくるとすれば、それは浸潤がんの15%程度を占めるHER2タイプの予後が改善されることに起因すると容易に想像できる。さらに、術後補助療法の進化は約束されているので、極論すれば小さな浸潤がんを見つける必要もなくなるのかもしれない。しかし、その考えでは医療費の高騰は免れないであろう。小さな浸潤がんの発見は治療による患者侵襲と医療費の抑制にもつながるわけであるから、やはり小腫瘤径の浸潤がんの発見に人智を尽くすべきではないか。以上より、短絡的な結論を導くことははばかられるが、これまでわが国の乳がん死亡率が下がらなかった理由は、小腫瘤径の浸潤がんの発見率の低さに帰着せざるを得ないであろう。